写真を撮るマインド|ローライ35とスナップ写真

撮れる写真は変わったのか?

昨年の12月、再びローライ35という古いフィルムカメラを手に取って、かれこれ500枚近くの写真を撮影していました。デジタルを含めるとこれの3倍ほど撮っています。数の話しではなく、この期間で自分にとって写真の在り方が大きく変わったということです。技術の面、表現の面を同時に考えながら写真を撮っていると悩ましいほど奥深く、また写真を撮ることへの快感にのめり込んでしまいました。カメラという機械について1から学び直し、撮影するための技術も勉強し直しました。そしてとても大事な部分だと思いますが、何をどう撮るのかという精神的なところでも得たことがあります。撮ることを考えるうちに、色んな方の写真を見て、写真の読み方、感じ方ともに変化したと実感します。それで、実際に撮れる写真が変わったのかと考えて見るとあまり変化がなかったというのが正直なところです。もちろん技術的な部分では、デジタル、フィルムともに変化はありました。適正露出がどうだ、被写界深度がどうだといったようなものです。ただ、撮れるものが変わったのかという精神的な観点では大きく変化しませんでした。その中でも気づいたことをメモ書きしておこうと思います。

なぜフィルムで撮るのか?

振り返ってみて、カメラの出動回数を考えてみるとデジタル一眼よりもローライ35を持ちだすことが圧倒的に多かったです。日常持ちだすカメラとして、もちろんコンパクトカメラという優位性は大きかったと言えます。それに加えフィルムという有限な物質を使って撮る写真は、いい加減に撮ることを私にさせませんでした。これから撮影するであろう風景に何を感じているのか、どう撮るのかということを常に考えさせられます。それが写真を撮る行為自体についてより深く考えさせてくれるきっかけとなるのでした。そして、現像するまで写真の仕上がりがわからないですし、仕上がった写真が撮影時のイメージと違うこともたくさんあります。ですが、そのイメージと現実の不一致が技術を向上させる大きなバネになってくれました。あの時感じた、自分の「撮りたい」と思う気持ちは、過ぎ去ってしまってからではもう帰ってきませんから、次の撮りたい瞬間は絶対にイメージと一致させたいと思うわけです。それがだんだん上手くコントロールできようになると気持ち良くなってきますし、フィルムで撮影するからこそ、施行錯誤して身についたのだと思います。また、デジタルと違ってレタッチできないこともフィルムカメラにとって大きなメリットだと感じています。デジタルでは、レタッチしてしまえば良い写真ぽく仕上がったり、印象をガラっと変えてしまうことができます。誤解を恐れずに言えば、撮影者自身の判断として、写真自体の出来が悪いのかの判断が鈍ります。撮影後の編集であるとか、多機能な設定だとかを削ぎ落としたフィルムカメラだからこそ、撮影者を撮ることに集中させてくれます。泣いても笑ってもイッパツ勝負です。私はデジタルでも撮影し、レタッチも好きですが、ここでは割愛させて頂きます。フィルムカメラが良くてデジタルはダメなんて全く思いません。

フィルムが変われば、写し方が変わる

最近はカラーフィルムを一通り使ってみて、久々に白黒も撮りたいと思い、今はローライにモノクロフィルムであるKodak Tri-Xを入れています。そこで一つ気が付いたのは、モノクロフィルムを入れるとフレームに収めるものが変わってくるという発見でした。カラーフィルムの場合、目の前にあるものを撮るかどうか、という問題において、当たり前ですが、色が非常に大きな割合を占める要素であることに気づきました。ところが、その色という大きな要素が削れたモノクロフィルムですと、撮りたいと思わせる要素は形と光と影でしかなかったのです。これは、より自分が撮りたいものを明確化させてくれること、写真を撮る幅を広げてくれることへの期待を感じました。色という要素が削られたシンプルな世界を前に、より自分の写真と向き合うきっかけが潜んでいることに気が付きました。もしかすると撮れる写真が変わるチャンスかも知れません。

写真で捕まえる何か

人様の写真でも自分の写真でも、印象に残る写真には被写体、風景そして技術面での良し悪しだけではなく、それら以外の何かがあると思います。その何かを捕まえたくて写真を撮り続けたくなるのかも知れません。写真は完成物として出来上がるまでの工程が他の表現物よりも少ないですから、その分自分の真相に迫るのが難しいとも感じます。誰でもキレイな写真が手軽に撮れます。シャッターを押して現像すれば写真の完成です。いったい誰の写真にその何かが捕えられているのでしょうか。一方、自分の写真にはその何かが捕えられているのでしょうか。冒頭で、撮るものが変わったのかという点では大きく変化しなかったと申しましたが、結局、自分が写真を撮るときの視点というのは人生のクセみたいなもので、それはいくら撮影技術を向上させようが、機材を変えようが変化しないのだと思います。撮るものを変えるためには、自分の頭と心で対象を見て、どう感じているのかということを自身と向き合って理解し、そしてその感性をより豊かにしていくことが必用なのだと思います。人間は普段から意識しているよりもたくさんのことを感じたりしているんだろうということに写真を通して、気づかされました。その何かを私も追いかけ続けますし、捕えられた写真をもっと多く見たいと思います。

最近ようやくある程度言葉にできるほど具体的に写真について気づきがありました。きっとこれからも写真に対するマインドは変わっていくと思いますし、それ自体を楽しんでいきたいと思います。是非写真を撮影されている方はご自身の作品をCONTACT USから紹介して下さい。

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